あま かげ。 エクストラ対戦ルート

野原に出ましょうか 吉野秀雄校註『良寛歌集』は全て清音としているが、本テキストは良寛当時の発音に従い濁音とした
歌の排列も吉野版良寛歌集に拠るところが大きいが、なるべく主題別にまとめるように工夫した これまでに良寛調が万葉集と古今集以下との中間を縫うものであることをしばしばいったのも、同じ事実の指摘にほかならない」(吉野秀雄『良寛 歌と生涯』)
【参考】良寛 五言詩 昨日出城市 昨日城市に出でて 乞食西又東 食を乞ふ西又東 良寛の母秀子は天明三年 1783 、四十九歳で死去
【補記】・良寛が交わした最初の贈答歌
「越後の冬の永さ陰鬱さを土台にしてみる時、この歌は一層の妙趣を覚えさせる」(吉野版良寛集) いにしへにかはらぬものは 有磯海 ありそみ とむかひに見ゆる佐渡の島なり 【通釈】昔から変わらないものは、有磯海と、正面に見える佐渡の島である
16首 6首 8首 9首 3首 7首 33首 計82首 春 鶯の声を聞きつるあしたより春の心になりにけるかも 【通釈】 暦の上で年が明けても、私の心は春という気がしなかったけれども、鶯の声を聞いた朝から、春の心になったのであるよ 行燈の前に読書する図に 世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞ我はまされる 【通釈】世間と交際しないというわけではないが、独り気ままに暮らすのが私には合っているのである
弟の由之は桂園派に属する歌人 八句雑体歌
【参考歌】「古今集」 里はあれて人はふりにし宿なれや庭もまがきも秋の野らなる 「堀河百首」「徒然草」 むかし見し妹が垣根は荒れにけりつばなまじりの菫のみして いにしへを思へば夢かうつつかも夜はしぐれの雨を聞きつつ 〔布留散東〕 【通釈】自分の過去を振り返れば、夢なのか現実なのか判らなくなる 哀傷 ひたしおやに代りて かいなでて負ひてひたして 乳 ち ふふめて今日は枯野におくるなりけり 【通釈】愛撫して、背に負ぶって、乳を含ませて、養い育てた挙句、今日は枯野に葬送するのであるとは
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